カイパパ通信blog

カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルの方から来ました

子どもが大人になってからの絶望は本物の絶望なんだ。だからといって殺していいわけがない……

www.chunichi.co.jp

ニュースの続報では、殺された長男は重い自閉症で、通所施設に通っていたが他の利用者に暴力を振るうという理由で2年前から通所を辞めて自宅にいた。家族に対する暴力もあり、入所施設を探したが見つからず……思いあまっての犯行のようです。

 

子どもが小さいころの絶望と大人になってからの絶望
子どものうちは、それでも多くの支援資源があるのです。
大人になってからは「こうなったのはあなたの責任です」と平気で見放す人びとがいる。大人になってからの時間の方がはるかに長いのに……

 

遠い世界の話ではない。すぐ隣り合わせにわたしたちもいる。

だからこそ

自戒を込めて言う。

絶望したからと言って、殺していいわけがない。
生きたいと叫んでいる命を、奪う権利は親にも、誰にもない。
殺すぐらいなら放り出せ。親と子は別々の命。
この世から命を消してしまう、そんな「親の責任感」なんていらないんだ。

 

高橋源一郎『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』はキヨミヤくんの章だけは必読だと思う

高橋源一郎『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』読了。
以前キヨミヤくんの章を「すばる」連載中にたまたま読んで、これは傑作になる予感がして、完成したら読みたいと待望していた。

新書で出ているけど正真正銘の小説です。思考実験のようでいて、説話のような、おとぎ話、子ども向け冒険譚。いろいろな読み方ができる。実に魅力的で面白く読んだ。途中までは。

@アイと雪の女王が出てきたあたりから、アレ……?と思って、やはりそういう展開になっていった。

作者はこの小説を21世紀の「君たちはどう生きるか」にしようと思って書いたというが、残念ながら、遠く及ばない。

でも、「10 キヨミヤくんのこと」(p.91-104)の章は、珠玉なので読んで欲しい。一人の少年のモノローグが胸を貫く。
全体が「おとぎ話ですよ」というトーンで進むこの小説世界の中で、生(なま)がのぞく瞬間。同時代の、格差・不平等への告発文。「なぜ自分は、自分たちは、排除され続けるのか」

キヨミヤくんだけが、この小説の登場人物の中で、ユートピア的な学校・家庭・「くに」からハブられた外部的存在だからだろう。シングルマザーとその子である自分を「負け組」と自認するキヨミヤくんが、ユートピアの中にいる主人公を外側から照射している。
評価に困るが、優れた小説にはこういうことがある。たった13ページだが、ずっと何年も心に残り、うずきつづける予感がする。

 

ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた (集英社新書)

ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた (集英社新書)

 

 

Beutiful Boyがカイのテーマソングだと思うわたしはどこから見ても立派な親バカ

川崎医療福祉大学での自閉症特別講座がいよいよ明日です。レジメは既に送付済みなので安心だと思っていましたが、自己紹介の準備がまだだったと気がつきました。

今回いただいたテーマが「育っていく家族、家族からの支援者へのメッセージ」なので、話す内容よりも「だれが」話すかの方が重要かも? 
多少はじぶんの紹介も必要ですよね。
カイパパはカイあっての存在なので、カイの紹介もしようと思い、昔の写真アルバムをひっぱりだして眺めています(←今ココ)。

はあ…

ため息が出るほど可愛い。写真はいいなあ、止まっているから。あんなに大変だったことは映り込んでいないし。

わたしはビートルズが好きで、なかでもジョン・レノンのファンです。カイの写真を見ていて心のなかで流れてきたのはジョンが息子ショーンのことを歌ったこの曲。


Beautiful Boy (Darling Boy) - John Lennon

こわいおばけはいってしまったよ
ここにパパがいるから大丈夫

と歌う。やさしくやさしく息子に語りかける。

このBeautiful Boyが、カイのテーマソングだと思うわたしはどこから見ても立派な親バカです。

親バカで、子どもは育つ! これは持論なので、全然恥ずかしくないゾ。

初めてわが子の自閉症の診断を受けたお父さん、お母さんへ

来週の川崎医療福祉大学での講義の準備をしています。
カイの障害がわかった時に、自分が何を考えていたかを思い出すために昔の記事を再読しています。
「初めてわが子の自閉症の診断を受けたお父さん、お母さんへ」は、カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルで最も多く読まれた記事です。今読んでも、わたしは同じことを言うだろうと思いました。大切な記事なので、新しいブログでも再掲載しておきます。

初めてわが子の自閉症の診断を受けたお父さん、お母さんへ

(初掲載:2004年4月15日 カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル)

 私は4歳の男の子(知的障害を伴う自閉症)の父親です。わが子は2歳4ヶ月のときに、自閉症の診断を受けました。
 そのときの気持ちは、いくら時間が経って努力して事実を受けとめてきたとしても、文章で表現しきれるものではありません。私もまだ小さい子どもをかかえて、日々の悩みや憂いの中にいます。ですから、「アドバイス」めいたものは書けないのですが、私が苦しかったときに(今も)大切にしてきた5つの言葉を紹介します。
(2003年7月16日 カイパパ 記)

1 「今は喪中だから」

 診断の告知を受けたときに、私たちは混乱し深い悲しみに落ち込み、おぼれてしまいそうになってしまいました。
 その感情は、将来に対する不安と喪失感だったと思います。「しっかりしなくちゃ」と思うのだけど、ふとした瞬間に涙がこぼれてしまい、仕事が手につかないくらいでした。また、妻の落ち込みも激しくとても心配でした。

 そんなときに、妻が言った言葉――「今は喪中だから悲しいだけ」。この言葉の意味は、「今は喪中だから悲しむだけ悲しむ。でも時間が経って喪があければ大丈夫だから」という前向きな意味が込められていると思いました。

「悲しいときはがんばらないでいいよ」と伝えたいです。悲しいときは悲しみにくれたらいいんです。仕事だって、休めばいい。子どもの障害は、それくらい重く大事なことなんですから。

2 全ては日常になっていく(日常の復元力)

 一番つらい時期に、つぶやいていた言葉です。「全ては日常になっていく」――この言葉は、恋愛などドラマチックな出来事もすぐに慣れて日常の退屈なものになってしまうというような意味で使われることが多いと思います。

 しかし、私はこの言葉は、強い「日常の復元力」を表現していると思いました。
 つまり、どれだけ大きな悲しみがあったとしても、腹は減るし、トイレにも行くし、夜は眠くなる。自分がどんな気持ちでいても世界は回り続ける…。
 永久に「悲劇の主人公」ではいられないんですね。いつの間にか、子どもの障害が所与のこと(初めから与えられたもの)と、自分自身の体と心がなじんでいくんです。

 今、悲しみのさなかにいるあなたには信じられないかもしれません。しかし、真実です。それくらい「日常」は強くて、私たちの生きる力も強いんです。「全ては日常になる」覚えておいていい言葉だと思います。

3 「診断の前後で、わが子が別人になったわけではない」

 考えてみてください。私たち、親は障害の確定診断を受けて、悲しいけれど、わが子はどうでしょうか? 診断の前後で、わが子が変わったわけではありません。診断によって、自閉症になったのではないのですから。

 そうだとしたら、一度冷静になって少し引いてわが子を眺めてみてください。より可愛く、いとおしく思えてきませんか。
 ハンディがあることは、生きづらく、大変なことが多いです。一番不利な立場に置かれているのは本人です。普通の子が1回で覚えることを、わが子は100回1000回やっても覚えられないかもしれない。でも、「それがどうした」と私は思います。できなくてもいい。この子なりのペースでやっていけばいい。足りないところは、支援してあげればよい。
 きっと、そんな気持ちに変わっていくと思います。

 自閉症とわかったことは、わが子を理解するためにとっても幸運なことです。なぜなら、障害特性を理解することで、これまで「育てにくく」感じていた理由がはっきりして、どうすればわが子にとって、わかりやすく、すごしやすくできるかの工夫ができるからです。
 超個性的なわが子が、最高の宝物だと心の底から思える日がきっと来ます。

4 「子育てを夫婦だけでかかえこまないで」

 この言葉は、私の高校時代からの恩師からかけていただきました。

 多くの場合、障害がわかってから、そのことを誰にも話せず、夫婦だけでかかえこんでしまいがちです。私たちもそうでした。
「自分の親・兄弟にどうやって伝えたらいいのか」とても悩みました。どのように伝えるかについては、それぞれの関係によってさまざまですから一概には言えません。数ヶ月・数年かかることもよくあります。言えないのはあなただけではありません。そのことは知っておいてください。

 けれども、夫婦だけでかかえこんでいると「破綻」が来るおそれがあります。なぜなら、この子たちはとても「育てるのが大変な」子どもたちだからです。夫婦だけでは負担が重過ぎて、支えきれないのです。
 だから、いつの日か「カミングアウト」して、外に出て行きましょう。

 今はまだわからないかもしれないけれど、世の中には、本当に「この子たちの助けになりたい」と心から思っている人たちがたくさんいるのです。
 障害のあるなしに関わらず、子どもは「社会が育てるもの」です。
 だから、自分の両親、友達、同じ立場の親仲間たち、療育者、お医者さん、ボランティアさんなどなど、みんなが力を持ち寄ってこの子たち(そして私たち親たち)のしあわせを実現できたらいいですよね。

5「他人の偏見には鈍感に。他人の親切には敏感に」

 自閉の子と外出するのは大変です。「覚悟」がいります。ちょっと目を離したらいなくなるし、めったやたらと物を触ったり、超音波の奇声を発したり、電車で隣に座った人のメガネをとってしまったり……。
 そんなとき、何も知らない他人は「何? このしつけの悪い子は!」と白い目でこちらを見ることがあります(世の中には「白い目」というものが本当にあるんだと初めて知りました)。ツライですよね。もう他人がいる場所へは子どもを連れて行きたくないという気持ちになります。

 そんなときに、妻が「他人の偏見には鈍感に、他人の親切には敏感でいようと思う。そんなひとも障害を知らないからそうしちゃうだけだから。手を差し伸べてくれる人もいるから」と言いました。さすがに毎日四六時中子どもと一緒にすごしている母親の言葉はちがうなと思いました。

 父親は母親に比べて、子どもと過ごす時間が少ないので、なかなか根性が座らないところがあります。できるだけ奥さんの声に耳を傾けて、たとえばこういった「心構え」ひとつをとっても、共有しておくことは大切だと思います。

 私は、子どもの障害がわかってから、「人の情けのありがたさ」が骨身にしみるようになりました。世の中捨てたもんじゃないです。できるだけ、偏見は気にせずに、私たちはわらっていましょう。「笑う門には福来る」です。

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MacBookも充電できるAnker PowerCore Fusion 5000は買って大正解!

年末に買ったAnkerのPowerCore Fusion 5000が、便利で優秀でサイコー!です。

この白いカタマリがPowerCore Fusionです。要はモバイルバッテリーです。写真ではMacBookIPad Proを同時に充電しています。
2台同時に充電できるだけでも便利なんですが、お気づきになったと思いますが、バッテリーからコンセントが出ていますよね。

コンセントから充電できる充電器とモバイルバッテリーを兼ねているんです。つまり、コンセントにつないだ状態でIPhoneなどを充電することができ、IPhone本体の充電が完了したら「モバイルバッテリーである自分」も充電するという仕組みになっています。

特に出張が多いひとにおすすめです。充電器とモバイルバッテリーを2つ(+MacのACアダプター)持っていく必要がなく、Anker PowerCore Fusionひとつ持っていけばOK! 寝ている間にiPhoneMacの両方を充電して、モバイルバッテリーの充電もできてしまいます。

Amazonの購入ページはこちら。色違いの黒のほうがなぜか少しお安いです。

*わたしが購入の参考にした記事です。給電アンペア数も紹介しています。

www.qoochan.com

 

 

 

勝間和代さんが音声入力をやたらと推してくる

はてなブログに引っ越してくる直接的なきっかけとなった勝間和代さんのブログを毎回楽しみに読んでいる。(ブログタイトルのとおり「徹底的にマニアック」でいい)

katsumakazuyo.hatenablog.com

勝間和代さんが音声入力をやたらと推してくるので、僕も音声入力をもっと活用してみようと思った。

音声入力を活用するためには、「考えながらキーボードを打ち、推敲しながら文章つくる」これまでのプロセスから、少し考え方を変えたほうがよさそうだ。

  • 思ったことを、とりあえずメモ代わりに音声入力をする。
  • 読み返しながら推敲してキーボードで仕上げる。

このやり方なら音声入力の威力を発揮できる。

勝間さんは

「これまで頭の中の文章をキーボードで打っているうちに消えてしまったものが、消えないまま文章として残るので、私にとっては逆にとても楽になりました」 

と言う。音声入力は入力スピードが速いことに加え、ぬけ落ちてしまうものをすくい上げる効用があるということだ。

チャットみたいに打ち込んだ内容がそのまますぐに相手に届く仕様だと困ってしまうが、ブログを書く場合なら、まず音声入力で草稿をつくり、その後キーボードでじっくり推敲することができる。

これまでIPhoneやiPadでは音声入力を使ったことはあったが、Macでは活用したことがなかった。
今Macで音声入力をしてこの記事を書いているが、音声入力したあと、音声入力を有効にしたままキーボード入力をすることができる。これが意外なほど便利。

iPhoneだと音声入力の誤変換など入力を直したいところが出てきた時に修正をすることがめんどくさい。だが、キーボードが最初からついているMacであれば音声入力したすぐあとに、キーボードで直すことができる。これが気持ちがいい! いちいち音声入力をオフにしてキーボードを表示する必要がないのだ。

音声入力を有効にしてそのまま話し続け、キーボードで直し続け、また音声で文章を加える。このシームレスさが心地よい。この記事もそうやって書いた。

これからもっと音声入力を活用して、心地よい方法を追求していきたい。

セレブが「わが子は自閉症だ」とカミングアウトしてくれたらいいのに、と思っていた。

昔、発達障害者支援法がまだなかった頃だから、10年以上前の話です。
わたしは「どうしたら自閉症をもっと一般の人に知って理解してもらえるか?」を考えていました。今よりずっと切実に。
ブログを始めたのも、もっと理解者を増やしたいと思ったことが一番の理由でした。
カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルのコンセプトは、当初から、

「自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界」を紹介して、勇気と知恵を与え合う。
 →家族が少しでも楽になって
  →サポーターが1人でも増えて
   →「自閉症でOK!」の地域になり
    →本人の笑顔が増えるといいな!

というものでした。

ある日「自閉症の子どもは世界中で、どの人種にも、どの社会階層にも生まれる」と本で読みました。
そうだよな。だれもが、自閉症に生まれる可能性があって、だれもが、自閉症の子どもを持つ親になる可能性がある。だったら、きっと有名人の中にも、自閉症の子どもを持つ親がいるはずだ。そのセレブが、

「わたしの子どもは自閉症なんです」

とカミングアウト*1してくれたら、一気に自閉症への理解が広がるのに! と思ったんです。

あなたは、そう思ったことはありませんか?

わたしは、その思いつきを友人に話しました。

「日本では無理かもしれないけど、障害理解が進んでいる海外ならカミングアウトも普通かもしれないよね」
「それはどうかな? 障害があるとわかったら、誘拐とかレイプとか子どもが傷つけられるリスクが上がってしまうよ」

友人は、海外の有名人は子どもの誘拐を警戒してボディーガードを雇っていると聞いたことがあると言いました。それは障害がなくてもそうだと。

言われてみれば、たしかにそうですよね……
だまされてしまって危険に気づくのが遅れる、助けを呼ぶことができないなど、障害があるがゆえに身を守る力が弱いということがあります。
ただでさえ様々な危険にさらされている有名人が、あえてわが子の危険を招く言動を避けるのは当然のことです。

そう理解した後でも、わたしは、しばらくセレブにカミングアウトしてほしいという思いを捨て去ることはできないでいました。

今となっては、その態度を恥じています。

それは、
自分はリスクを負うことなく、他人にリスクをおかすことを求める姿勢だから。
そして、この姿勢は、自己の目的のために、他人を「道具」として使おうとしている
と気がついたからです。

別に、セレブのお子さんと家族が幸せになってほしいからでもなく、ただ、自閉症の理解を広げるためにカミングアウトしてほしいと願っただけ……
これは恥ずべきことです。

昔にくらべて、子どもの障害をオープンにする有名人がずいぶんと増えました。
おなじ親として、ありがたいことだと思いつつ、胸がちくりと痛むのです。

*1:カミングアウトは「自らのことを他人に明らかにする」という意味なので、別人格である子どもの障害を告白することを「カミングアウト」と称すること自体が問題性を含んでいる。このことについては別記事で書きたい。

自閉症の人にわかりやすいのはどっち?「壁の対応とドアの対応」

年末年始のお休みは、カイとたくさんお出かけしました。今日は名古屋港水族館へ。
寒くなくて、年末年始開館している水族館はありがたいスポットです。小さい時から大みそかに水族館に行くのが毎年の恒例になっていますが、今回はカイのリクエストで1月3日になりました。

水族館でのカイのお気に入りは、魚ではなくて実は映画です。昔は5分と持ちませんでしたが、今は最後まで観ます。セリフがわからなくても、自然をテーマにしたコンテンツは映像に迫力があって楽しめるのでしょう。
今日は「皇帝ペンギン」を観ました。南極での過酷な子育て。親とはぐれた子ペンギンが父親と再会するシーンでは感動して泣きそうになりました。

昔に比べて、カイの活動リクエストが明確になってきました。出かける前にスケジュールの交渉をするのですが、こちらの提示で気に入らなければ頑として受け入れません。今まで経験したことがない新しい提示は、ほとんどが「イラナイ」と断られます。

思い出したのは、昔、親であり支援者であるウォーリーさんから聞いた「壁の対応とドアの対応」の話。

「壁」は動かない。=決まったことを決まったとおりの対応をする。
「ドア」は開いたり閉まったりする。=状況に応じて対応が変わる。
ある場面において、時に、開いたり、時に、閉まったりする対応は、本人を混乱させてしまう。

自閉症の特性をもつ人は一度、学習してしまったら、それを上書きする修正がとても困難です。だから、最初の経験がとても重要です。

「壁」でなければならないときは、たとえ、そこで妥協したほうがラクな場合であっても動じないことが必要。すごくキツイこともあるけれど…。

背の高さも同じくらいになってきました。

ウォーリーさんとの話はこの記事に書きました。

カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル : 支援者ウォーリー

 

川崎医療福祉大学で「自閉症特別講座」の講師をつとめます。

2018年1月15日に、倉敷市にある川崎医療福祉大学の「自閉症特別講座*1」で講師をつとめることになりました。この講座は平成14年度から当時教授をなさっていた佐々木正美先生を中心として開講されたものです。
・川崎医療福祉大学:「平成29年度自閉症特別講座」

佐々木正美先生は、わたしたち自閉症の人と家族の恩人です。わたしは生前に4回ほどお話をさせていただいたことがあるのですが、いつもとてもやさしく、カイのことや家族の近況を聞いてくださいました。
1年前に諏訪利明先生から講師のご依頼を受けた時に「諏訪先生のたのみとあれば」とお引き受けをしたのですが、昨年、佐々木先生がお亡くなりになられて……。今回、先生ゆかりの講座でお話しをさせていただけることは、恩返しする機会を与えていただけたと感じてます。

これをみると、そうそうたる講師の方々がならぶ中で、気後れしますが…。
・平成29年度川崎医療福祉大学 自閉症特別講座スケジュール(PDF)

わたしに与えられたテーマは「育っていく家族、家族からの支援者へのメッセージ」です。
昔からあって、決してなくならないテーマです。過去にわたしも「親の思い」をお話ししたことがあります。
ただ、特別講座に自ら受講しようとするような熱心な専門家は、既にこれまでにこのテーマで話を聞いたり、学んだりしているのではないでしょうか? 伝え方をくふうしたいと思っています。

このブログにプロセスを書き留めながら、講座の準備をできたらと考えています。(ああ、もう、すぐですね!)

*1:自閉症特別講座は受講生限定の講座であり、一般公開はありません。

明けましておめでとうございます。2018年、おだやかな暮らしができますように。

はてなブログで初の新年のごあいさつです。

12月29日にこちらに引っ越してきて、投稿はまだ慣れず手探りなところがあります。新たな機能を発見して「こんなことができるのか!」とか「直接コピーするとフォント情報も引き継いじゃうのか」とか新鮮なおどろきを楽しんでいます。

2018年は、わたしたちの息子カイ(自閉症・重度知的障害があります)が高等部を卒業して、作業所で働くことになります。わたしも職場の異動があるかな? 新しいフェーズに移行するため、4月からしばらくはバタバタするでしょう。

でもまあ、これまで乗り越えてきた経験があるから大丈夫です。親も18年やっているとそこそこ自信がついてきますね。あわてず、落ち着いて、一歩一歩進んでいきたいと思います。

「順調順調。遅々として進んでいる」

職場の最初の先輩からもらったこの言葉、今でも行き詰まった時に思い出して、くすっと笑って、肩の力を抜いてくれます。
後戻りすることも含めて、ベクトルが「進め」に向いていれば、それでいい。
2018年は、たぶんいろいろな浮き沈みがあるだろうけど、おだやかな暮らしができること。それが願いです。
みなさまにとっても、おだやかな一年となりますように。

大学新卒の人が最初から「障害者雇用枠」での就職を目指す?

Kaienの「2018年の発達障害支援を予想する」連載、面白いです。

corp.kaien-lab.com


第2話での「大学新卒の人が、最初から「障害者雇用枠」での就職を目指す例が増えている」というお話。実に興味深いです。
なぜ増えているかの理由として、親の抵抗感がなくなっていることを記事では指摘しています。

多くは大学3・4年(専門学校生や院生もいます)。つまり就活生や就活予備軍です。この層と接していると年々、障害者雇用への抵抗感がなくなってきているなというのが印象です。子どもの方ではありません。親の方がです。
ガクプロでの個別相談の半分程度は僕が日々行っています。そこで小さい頃から福祉や特別支援のお世話になっている子の親の中には「うちの子を20年見てきて、普通の中で揉まれると厳しいので、配慮される中で働くほうが良いと思う」という人がとても多いです。 

「支援が必要です。こういう支援があれば働けます」とカミングアウトができること自体はとてもいいことだと思います。
ただ、採用された後、実際にどのような働き方になるのか? 職場によってのちがいが非常に大きい現実があります。
たとえば、知的障害者の雇用というと典型的な業務付与(清掃、コピー、入力などの作業的事務)の蓄積がありますが、知的障害がない発達障害の方の場合は、ある程度の非定型業務も与えられることがあるでしょう。その際のサポートのノウハウが企業にあるかというと……どうなんでしょう?

記事の後ろの方で書いてある指摘──

念のために言いますと障害者雇用率が上昇しているのは、障害がある人の雇用が進んでいるからではありません。障害と言われる人の数が多くなっている、換言すると世の中が「普通」と思っている領域を狭めているということになります。

これを企業の事情と合わせて考えると、企業は法定雇用率が上がったことへの対応として「そこそこ働ける人(障害者だが一定の戦力になる新卒者)」を採用して、法定雇用率をクリアしたい。だから、知的障害のない発達障害者が、(知的障害者と比較して)障害者枠で入りやすくなっている可能性があります。
ただ、入った後がどうなのか? ある程度の戦力として期待して採用しているからこその高度な業務付与についていけない場合や人間関係のトラブル(いじめや孤立など)ですぐに退職してしまったら……とか考えてしまいます。
就職はできても定着できなければ意味がない。意味がないどころか、そこで傷つけられた心が再起できないリスクもあります。そこがこわい。
今後のトレンドとして、大卒で障害者雇用枠で就職していく人は増えていくでしょう。長期的なフォローが必要だと思うのですが、果たしてそれは誰がやるのでしょうか? また、親? いやいや、親もさすがに雇用先との調整まではできないですよね。
ジョブコーチかなあ、やっぱり。

www.mhlw.go.jp

言葉を取りもどせ、怒りを取りもどせ

友人のライター石黒好美が書いた記事です。読んでほしい。

yoshimi-deluxe.hatenablog.com

差別とか、要するに「ナメてる」っていうこと。
「そういうことするの、やめてください」とお願いするんじゃなくて、
「ナメてんのか?コラ」とキレていい。というかキレなきゃいけない時だ。

でも、こんな言葉づかいは(したことがないから)難しいかもしれない。

言葉(文化的コード)の問題──以下の記事を読んで気づかされた。

wezz-y.com

日本語、特に標準語で女性が抗議や怒りを強い言葉で表すことは容易なことではないのかもしれない。ちなみに、私は関西出身なのだが、標準語と比べると関西弁の方が女性でも抗議、怒りの言葉を口にしやすい気がする。もちろん人によるが「何してんねん、こら!」などの強い怒りの言葉が用意されており、標準語と比べると女性も怒りを強い言葉で口にしやすいように思う。

つまりは、女性は元来おしとやかなので強い言葉を使えないのではなく、文化や風潮が女性たちから強い抵抗、抗議の言葉を取り上げているのではないだろうかということだ。

マイノリティ──ここでは女性──が「使えなくされている言葉」がある。
こんなことを言ったらひどい目にあう……と恐れて。
言葉を奪われることで、その感情も奪われていると言えないだろうか?

言葉を取りもどせ、怒りを取りもどせ。「ふざけんな!」


大森靖子&THEピンクトカレフ「Over The Party」2014年1月1日

 

Black Box

Black Box

 

 

発達障害と相性のいい「ダンジョンズ&ドラゴンズ」。自閉症協会のイベントというところもいい。

紙と鉛筆とサイコロを使って進めていくテーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」で遊びながら、発達障害の人たちのコミュニケーション能力を向上させる、カナダのノバスコシア州自閉症協会(Autism Nova Scotia)の取り組みです。

 日本語で読める紹介記事はこちら。

www.turtlewiz.jp

ゲームをしている間は、安全な環境でコミュニケーションやコラボレーションを学べているのです。 

テーブルトークRPGのよいところは、

  • ゲームのルールが明確
  • 選択肢がある
  • 話をしないとゲームが進まない(会話がゲームの欠かせない要素)

そして何よりも「楽しい」ことですね! 安心して、好きなゲームを通して、コミュニケーションをとる経験にはぴったりです。

ゲームを始めるときには、みんな静かに落ち着いています。
それは、みんなが大好きなものだからです。
そして、楽しく話しながら、恥ずかしがることなく楽しみ始めます。

自閉症協会が、テーブルトークRPGの会を催すというところもいいですよね。

こちらがAutism Nova Scotiaが募集しているDungeons and Dragons (D&D) Clubのページです(英語)。「グループごとにサポートボランティアがつく」そうです。

実際の活動の様子を参加者がブログにしています。英語ですが、写真から楽しい雰囲気が伝わってきます。これを見ると、集まって友達をつくることが最初の目的で、コミュニケーション能力向上はその効果のような気がしますね。

わたしは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」になじみがなかったのですが、大好きな米国のドラマ「ビッグバン★セオリー」の中で、主人公たちがよくゲームを楽しんでいるところを見て知りました。
主人公の一人であるシェルダンは、超IQの高い天才教授ですが、社会性に問題があるアスペルガーのキャラクターとして描かれています(コメディです)。シェルダンが「ダンジョンズ&ドラゴンズ」好きなんですよね。 

ビッグバン★セオリー 1stシーズン 前半セット (1~17話・4枚組) [DVD]

ビッグバン★セオリー 1stシーズン 前半セット (1~17話・4枚組) [DVD]

 

愛知でもゲーム会ができるかなあ? まずはわたしが体験するところからですね。

14年間ブログをやめなくてよかった。

新しいブログを始めるって、僕にとってはとっても年末年始らしい。
14
年前の今日、livedoorブログを始めた。あの時の感触を今も思い出せる。
こわさとうれしさが半分半分。ドキドキわくわくしていた。

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(ブログ開始当時のカイ)

僕はブログを始めて人生が変わった。「これがこうなった」というできごと単位ではなく、人生の角度が変わったんだ。
最初は小さな方向転換が、大きなちがいを生み出した。

本当に、たくさんの人たちと知り合って、言葉を交わした。すごく仲良くなって、終生の友と呼べる仲間たちと出会った。本も出した。気まずくなって離れてしまった人のことも忘れられない。
きっと僕が知らないところで影響を及ぼしたこともあるのだろう。
そういう14年間だった。関わってくれたそれぞれの人にも、14年の月日が流れたんだと思うとなんだか顔がほころんでしまう。

ブログをやめなくてよかった。カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルを読んでくれたみんな、ありがとう。

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